遺言に関する裁判例

【裁判例】 カーボン複写の方法によって記載された自筆の遺言について偽造かどうかが判断された事例 東京地方裁判所 平成9年6月24日
本件では、原告に有利な内容が記載されたカーボン紙にる遺言について、原告による偽造であると推定されてしまいました。 また、裁判所が選任した鑑定人による筆跡鑑定について、裁判所は「信用できない」としています。裁判所鑑定人の鑑定結果は原告に有利なものであったので、この結果を見た原告としてはさぞかし喜んだことでしょうが、そうはゆきませんでした。 【本件の概要】(判決文より) 1 裁判所は,本件遺言書には、次のような問題点があると指摘しています。  ・通常は文書の末尾になされるべき署名が、住所の記載の前の、しかも、便箋中の罫線上に記載されていること(署名の位置の不自然性)。  ・署名のすぐ下に押捺されるのが通常である「小林」(遺言者)の印が、罫線上ではなく、署名の位置から外れた箇所に押捺されていること(押印の位置の不自然性)。   この点について,判決では,あらかじめ押印がなされた用紙の中に、後に署名部分を書き込んだ野ではないかという疑念を指摘しています。なお,特にカーボン用紙を使った場合はこのようなズレが生じやすくなると思います。  ・何ら訂正箇所のない遺言書に捨て印が押捺されていること(捨印について)   この点は,そういう場合もあるので何いも言えませんが,判決では,遺言者が以前に作成した契約書から、遺言者は、記載を訂正した箇所にのみ訂正印を押しており、捨て印を押すことが遺言者の文章作成上の癖とはいえないとしています。 ・一枚作れば足りる遺言書をカーボン複写の方式で作成することは、それ自体が極めて異例なことである(カーボン用紙で遺言を複写することの不自然性)。 2 また,裁判所は,次のような文字や筆跡の問題点を指摘しました。  ・「遺」の文字の第三画が欠画の誤字となっており,このような誤記は、通常見かけることがなく、極めて珍しい。  ・「馬」の文字が第五画の次に一画多い誤字となっている。このような誤記は、通常見かけることがなく、極めて珍しい。  ・「所」の文字が旧字体であり、このような記載がされることは極めてまれとまではいえないが、通常の記載方法とは異なっている。  ・住所の表示の中に、本文中の「世田ケ谷」との表示(2箇所)と、作成名義人欄脇の「世田谷」との表示の二種類がある。住所の表示が同一時期に記載された場合には同一の表示になることが一般的である。わずか10行足らずの短い文章中に二種類の住所の表示がなされることは、極めて珍しい。 3 本件では,次の4件の筆跡鑑定が行われています。  ・甲田一郎・・・裁判所が選任した鑑定人  ・乙田次郎・・・原告の依頼による私鑑定  ・丙田三郎・・・被告の依頼による私鑑定  ・戊田四郎・・・被告の依頼による私鑑定 裁判所は,これらの鑑定について,次のような評価を下してゆきます。  ・甲田鑑定・・・筆跡の鑑定人として注目してしかるべきと思われる本件遺言書中の前記特徴について注目した形跡がない。特に、「遺」の文字について、単に遺言書の記載者の書字能力が中程度以下であるとするのみで、鑑定資料として交付された原告の陳述書に複数の同じ誤記があることについて(遺言書と原告の陳述書に同じ書き方があるということは,原告による偽造を疑わせるということになります)、何ら検討していない。「所」の文字の特徴についても、原告の陳述書に複数の同じ誤記があることについて、何ら検討していない。前者は珍しい誤記であるだけに、この点について全く配慮していない甲田鑑定は、筆跡の模倣についての検討に注意深さを欠いている。  ・乙田鑑定と丙田鑑定・・・当事者の依頼に基づいて作成されたものであり(そもそも一般的な信頼性が低い)と前置きした上で,両鑑定とも、鑑定書作成時において,原告の筆跡が考慮されておらず,原告による筆跡の模写があったかどうかという観点からの問題点の検討を欠いており、証拠価値が低いとしました。また,「世田谷」及び「世田ケ谷」の表記について、乙田鑑定は、同一時期に作成された短い文章中の自己の住所の表記について2種類の記載があるという特異性について,偽造の可能性という観点からの検討がまったくされていないとしました。丙田鑑定は、結論を得るに至った過程の記載が具体性を欠き,証拠価値がほとんどないに等しいとまで断じられています。  ・戊田鑑定・・・本件遺言書の筆跡と原告本人の陳述書の筆跡の筆者は同一であるとする戊田鑑定に対して,裁判所は高い評価を加えています。本件遺言書における前記の特徴のすべてについて,鑑定資料がコピーされたものであることその他の鑑定上の諸条件についても慎重な配慮がなされているなどの注意深い検討を加えているとしています。 4 原告が本件遺言書の存在を公にした時期   遺言者が死亡したのは、平成5年1月13日で,原告が本件遺言書の存在を知ったのは、平成5年1月末でした。   しかし,原告は平成5年11月11日に被告のうちの一人とと会って,遺産に関わる会話もしているのに,本件遺言書の存在に触れないのは、極めて不可解であるとされました。   また,本件遺言書について原告が右検認の申立てをしたのは、平成5年12月24日で,平成6年3月28日に家庭裁判所において、関係者出頭の上、検認の手続きがなされていました。   その際、原告は、裁判官の質問に対し「このように申立てが遅れたのは、一年間は遺言者の喪に服そうと思ったためである。」と述べたとされています。   しかし,裁判所は,そうであるならば、平成6年1月13日に喪が明けるのを待って、右検認の申立てをすることになるのが当然の帰結なのに, 一年間の喪が明ける前である平成5年12月24日、家庭裁判所に検認の申立てをしたことになるとして,極めて不可解としています。 5 遺言書が入っていた封筒   原告は本件遺言書が白い封筒に入っていた旨などを述べているのですが,本件遺言書の検認の申立ての際には、右のいずれの封筒も裁判所に提出されていないことが裁判所によって,次のように指摘されています。   「遺言書の検認の申立てを受け付ける際には、遺言書が何に入っていたかは重要な事実として確認され、封筒がある場合には提出が促されることが多いが、本件遺言書の検認の申立ての際には、封筒が提出されていない。後に行われた検認の手続の際にも、遺言書が何に入っていたかについて裁判官から質問がなされているが、その日にも封筒の提出はなく、検認調書には「封筒 なし」と記載され ている。なお、検認調書には、本件遺言書が白い封筒に入っていたことは述べられているが、茶色の封筒については触れられていない。」 9 本件遺言書の保管場所   原告は本件遺言書の存在を知ったのは平成5年1月末であり、それを見つけてびっくりし、貸金庫にしまっておいたと述べたのですが,供述を翻し,貸金庫というのは間違いで、自分が持っていた金庫であると供述を訂正します。   裁判所は,銀行の貸金庫に保管していたという場合には、利用の記録が残る可能性があり,原告の唐突な供述変更は、裏付け調査でつじつまが合わなくなることを慮ってのことである可能性が高いして疑っています。 10 以上のような事情その他から,裁判所は,本件遺言書は遺言によって作成されたものではなく、原告によって偽造されたものと推認されるとして拳固の請求を棄却しました。 【掲載誌】 判例タイムズ954号224頁        金融・商事判例1029号37頁        判例時報1632号59頁
【法律相談QA】 法律相談の時間の目安はどのくらいですか? メールで相談することはできますか? 法律相談の料金はいくらですか? 費用が幾らくらいかかるのか不安です


タイトル
メールアドレス
お名前 (全角)
お問い合わせ内容
個人情報規約 個人情報規約はこちら
(注)このフォームは簡易お問い合せフォームです。一般的,簡単なご相談であればメールでご回答差し上げます(無料)。 「相談フォーム」もご利用ください。