無罪判決の紹介

【裁判例】監禁、強姦事件において、監禁罪の成立が認められないとして、両罪の成立を認めた一、二審判決が破棄された事例 最高裁判所平成11年10月21日
1 事案の概要 被告人は,当時15歳であったAを普通乗用自動車に連れ込んで強いて同女を姦淫しようと企て,平成9年9月2日午前4時35分ころ神奈川県平塚市内の△△薬局駐車場において,Aに対し,所携の軽便かみそりを突き付け、『車に乗れ。』、『言うことを聞かないと殺すぞ。』などと言って脅迫し,Aを自動車に同乗させた上,同車を同県秦野市内の河川敷まで疾走させ,同所に停止させた同車内で、同女の顔面、腹部を手拳で数回殴打するなどの暴行を加えてAの反抗を抑圧してAを強いて姦淫するとともに、同日午前5時10分ころまでの間、Aを車内から脱出困難にさせて、監禁したという公訴事実で起訴されました。 一審二審ともに,被害を受けたとするAの供述の信用性を認め被告人を懲役2年6月に処しましたが,最高裁は,公訴事実のうち,被告人が強姦の目的で最初の平塚市内の駐車場でAを脅迫して自動車に乗せ、河川敷に至るまでの間監禁したとの部分是認することができないとしました。 2 Aの証言 (1) 私は9月1日夜、姉(当時一九歳)と同県平塚市内で遊んでいたが、同日午後11時ころ、姉がテレホンクラブ(以下「テレクラ」という。)に冷やかしで電話をしたところ、相手の男と電話がつながり、姉は、私の使用する簡易型携帯電話(PHS」)の電話番号を教えた。 (2) その後,私は姉とともに、翌2日未明にかけて、氏名不詳の男性とドライブに出かけ、平塚市内の△△薬局駐車場の前で同人と別れた。 (3) その後、私と姉が近くのコンビニエンスストアにいた時、私のPHSに知らない男から電話が入ったが、すぐ切った。 しばらくして、また私のPHSに電話が入り、今度は姉が出て、話をしていた。姉は、その男と△△薬局前で待ち合わせる約束をし、自分の格好も教えたと言っており、私にどのような男が来るか隠れて見ていようと言った。その後、姉の携帯電話に別の男友達から連絡が入り、姉がその友達に会いに行ったため、私は、独りで帰宅することになった。 (4) 私が歩いて帰る途中、△△薬局の前を通り掛かった際、急に自動車が止まり、被告人が手を振ってきた。 姉がテレクラで呼び出した男だとは思わなかった。私が無視して帰ろうとすると、被告人は、車から降りてきて、まゆをそるときに使うかみそりを持って、私の右腰の辺りに突き付け、「殺すぞ」などど言って、私をむりやり車の助手席に乗せた。 (5) 私は、逃げようと思い、車のドアのロックを上げたが、被告人にロックを下げられ、車が発進したために逃げられず、河川敷まで連れて行かれた。被告人は、運転中、かみそりをコンソールボックスの上に置き、私の体を触ってきたので、触らせないようにした。 私は、怖くて、車にいる間中泣いていた。私は、車内で被告人と話をしていない。私は、車内で被告人に妊娠していると言ったことはない。 Aの右証言(1)から(3)については、Aの姉が、第一審において、概ねこれに沿う供述をしており,また,本件の直後,現場の河川敷付近を通り掛かりA自車に同乗させたBは第一審において、同女から涙ながらに「男の人に車に連れ込まれ、かみそりのようなもので脅かされて、強姦された。」と訴えられAを秦野警察署に連れて行ったが,その途中、男(被告人)からAのPHSに電話がかかってきたので、Aに代わって出たところ、相手の男が「全然やらせないから、やっちゃいました。」と軽い調子で言っていた旨供述していました。 3 被告人の供述 (1) 私は、9月1日夜半ころからテレクラに何度か電話をかけたところ9月2日午前4時ころ、テレクラのツーショットダイヤルが女性とつながり、遊びに行こうという話がまとまって、待ち合わせの約束をした。相手が冷やかしのつもりで来ないと困るので、相手と携帯電話の番号を教え合った。確認の意味で、私の携帯電話から相手のPHSに電話をかけたところ、相手が電話に出たので、これは本物だと思った。 (2) 家を出る前に、相手から本当に来てくれるのかという確認の電話があり、その後、車を走らせたが、相手の言った場所が分からなかったので、その場所を聞くために相手のPHSに電話をした。その後、相手から電話があり、その道案内で△△薬局前まで行ったところ、歩道上に、先に教えられた服装をして携帯電話をかけている女の子を見付けたため、相手の女性はこの子だと思った。 (3) 私は、その子のいる駐車場に車を止め、車を降りてから、その子に「何しているの。」、「遊びに行こうよ。」と話しかけた。 すると、その子から「今待ち合わせをしているから。」と断わられたが、私が「さっき電話で話をした人だよ。」と言うと、その子は、分かったらしく、自分から車に乗ってきた。 私は、当時かみそりを所持しておらず、その子にかみそりを突き付けるなどして脅かしたり、むりやり車に乗せたことはない。 (4) 私は、「ホテルへ行こうか。」などと言って、車を走らせた。その子は、肉体関係について了解していると思った。車中ではずっとその子と会話をしていた。この時、その子が妊娠していることを聞いた。 4 Aと被告人のどちらの供述が信用できるか(最高裁の判断) (1) 検察官作成の関係者架電状況一覧表(AのPHSや被告人の携帯電話等の発信状況をまとめたもの)によれば、被告人が9月1日午後11時43分から同月2日午前3時48分まで4度にわたりテレクラに電話をかけ、同日午前4時2分にはAのPHSに5・6秒間電話をし、次いで同日午前4時11分から4分11秒間にわたり同電話と通話していること、また、Aが被告人と出会う直前の同日午前4時22分から3分49秒間にわたり、AのPHSから何者かの携帯電話(記録上、相手方は特定できない。)に電話をしていることが明らかであって、この状況は、概ね被告人の供述4(1)、(2)と符合する。 これに対し,Aは、捜査段階においては、一貫して、被告人とは△△薬局前において偶然出会ったと供述し、起訴後の取調べで、捜査官から関係者の通話状況の記録を示されて初めて、前記のとおり、テレクラを通じて被告人と知り合ったことを供述するに至っており、当初はこの事実を隠していたことが明らかである。しかも、Aは、被告人と出会う直前の右電話の相手方について、被告人であることを否定するのみで、何ら具体的供述をしていない。 このように、テレクラを通じて知り合い、△△薬局において出会った経緯についてのAの供述は、にわかに信用し難いものであるのに対し、この点に関する被告人の供述は、信用性を否定し難いものというべきである。 (2) また,Aは,いきなり被告人にかみそりを突き付けられて脅され、むりやり車に乗せられたと供述するが、それは、テレクラを通じて待ち合わせをしていた男性の相手方女性に対する行動としては、いかにも唐突で不自然といわざるを得ない。 また、被告人は、当時かみそりを所持していなかったと供述するところ、記録によれば、Aが強姦の被害を受けた際に使われたというバイブレーターは後に被告人の自動車内から発見されているが、前記かみそりは発見されておらず、被告人が当時かみそりを所持していたというAの供述には信用性に疑いが残る。 (3) Aは、車内で被告人と会話を交わしたことを否定し,特に,被告人に妊娠していると告げたことを強く否定しているが,Aの妊娠は、本件後にAが病院で検査を受けて裏付けられた事実であるところ、Aが本件当時15歳であり、外見上も妊娠の徴候が見られなかったことからすると、Aと初対面の被告人が右の事実を知り得る可能性は、Aから直接告げられる以外には考え難いところであり、Aは、車内で被告人と親密な会話を交わしたことを殊更に否定している疑いがある。 (4) なお,Bは,Aが「男の人に車に連れ込まれて、かみそりのようなもので脅かされて、強姦された。」と言っていたと供述するが、Aが被告人と知り合った経緯に関する供述が信用し難いことは、前述のとおりであり、Aが被告人とテレクラで知り合い、被告人の運転する車に自ら乗ったことを隠すために、右のように言ったという疑いも否定できない。 (5) 以上の検討によれば,Aの供述のうち、被告人と出会った経緯、被告人の運転する自動車に乗車した際の状況、河川敷に至るまでの車内の状況等に関する部分は、信用性に疑いがあり、他方、この部分に関する被告人の供述は、必ずしも信用性を否定できない 【掲載誌】 最高裁判所裁判集刑事276号579頁        判例タイムズ1014号177頁        判例時報1688号173頁
【法律相談QA】
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